全面開通でどうなる? 大阪圏と名古屋圏
日本は少子高齢社会に伴う人口減少にもがいている。厚生労働省が6月4日に発表した2024年の人口動態統計が警鐘を鳴らしている。同統計によれば、2024年に日本で生まれた日本人の子どもの数は68万6061人(前年比5.7%減)となり、統計のある1899年以降初めて70万人を割り込んだ。このままでは、将来の国力に直結する。この人口減の中で、東京一局集中が続いていることで地方の過疎化が加速しているが、石破茂首相が旗振り役となって推進する「地方創生2.0」にどれだけ実効性があるかが問われる。そんな状況下で一つの巨大構想がある。リニア中央新幹線の活用だ。東京・大阪・名古屋を一つの巨大経済圏化とし、そこから地方に関係人口などを築くことに期待が集まっている。
地方を活性化させるための議論では、定住人口の増加という少ない人口の奪い合いではなく、関係人口を増やすことの方が重要になる。可能性としてかなり低いが、全国一律の制度を止めたり、道州制を導入することも一つのやり方だ。米国は州ごとに経済の単位がある。日本は極端な中央集権であるため、東京だけ栄えて、あとはダメになっているのが実態だ。全国一律の制度や中央集権という構造が改善すれば地方でもチャンスが出てくる。言うはやすしだがなかなか難しい。
そうした鬱屈とした状況下からの脱却としてリニア中央新幹線に期待がかかる。東京から名古屋まで40分、東京から大阪までを70分弱で結ぶものだ。この時間軸で言ってみれば、名古屋や大阪が東京までの通勤圏内となる。計画を推進するJR東海は、東京から名古屋まで2027年に開業する予定だった。静岡県が大井川など自然環境を巡る問題で工事をストップさせていることで2027年開業を断念し、開業を2034年以降、開業は2035年と当初計画より8年も遅れることになった。
東京~大阪までの全線開業は2045年の計画。本当に大阪まで実現できるのか、といった懐疑的な見方も出ている中で、このほど静岡工区のトンネル工事に伴う水資源への影響へのJR東海の対策を静岡県の専門部会が大筋で認めたと報じられた。これにより膠着状態だった工事が再始動する光明が見えてきた。
全面開業はしばらく先となるものの、リニア新幹線が完成した暁には、東京圏・大阪圏・名古屋圏とこれまでそれぞれ独立した経済圏であったものが、一つの巨大経済圏が誕生するとの期待がある。国土交通省の資料によれば、東京~名古屋間の開業による経済波及効果は50年間でおよそ10.7兆円と試算しており、年間に換算すると約800億円規模となっている。これが大阪まで開業すれば、50年間で約16.8兆円の経済効果となり、年間では約1200億円と想定されている。
こうした経済波及効果に加えて、働き方も大きく変わりそうだ。前述したように名古屋と大阪が通勤圏化する。新型コロナ禍で普及したリモートワークを使えば、東京よりも住宅価格など生活コストの安い名古屋や大阪からの通勤はさらにしやすくなる。必要なときだけ東京の本社に足を運ぶことで用を済ませられる。
このように利便性が飛躍的に上がることで、名古屋と大阪だけでなく、リニア新幹線の停車駅にも新たな居住需要が生まれる可能性が出てくるし、企業の本社機能を地方に分散させやすくなり、東京一極集中の解消につながる可能性もある。マンション・戸建て住宅やオフィス・店舗などの商業用不動産の取引が活発化する可能性がある。
これまでの関西圏マーケットを分析すると、エリア間の格差が相当にあるのが実情だ。関西経済圏の問題点は、おそらく大阪、神戸、京都に業務の核が分散していて集積効果が出ていなかったことが挙げられる。しかし、大阪駅前は梅田ヤード開発が進展してビジネス街として発展してきた。東京圏と同様に大阪・梅田を中心に関西経済圏に一局集中が形成されてきた。
梅田では分譲マンションの供給が増えているし、難波はもともとマンションが相当に多いエリアである。ただ、マンションなどの住宅の売れ行きは立地次第であり、梅田と難波以外でも、滋賀県や奈良県でも大阪中心部と交通アクセスでつながっているエリアの売れ行きは良く、それ以外では全く状況が変わってくる。
ちなみに、関西経済圏を簡単にひも解くと、大阪は梅田ビジネス街を中心とする〝キタ〟と、今や訪日外国人で賑わいを見せる道頓堀を拠点とする〝ミナミ〟で構成されている。しかし、梅田中心の街づくりがすんなりと関西経済圏の人たちに好まれてこなかった。大阪で比較的に歴史のある企業は南の方に集中していて、梅田はどちらかと言えば新参者の集まりというイメージが定着していたからだ。
もっとも、大阪圏は東京に比べて業務ボリュームが小さい。そこでリニア中央新幹線の全面開業を機に東京と名古屋の需要を引きつけて今以上のボリューム感につなげていけるチャンスが広がる。
大阪より一足先に開業予定の名古屋でも同様だ。東京まで40分という時間軸に勝る魅力はない。名古屋も過去20年の間に大型ビルの供給が急激に増えて大きく街並みが変貌した。旧興銀ビルを建て替えた「名古屋インターシティ」や「グランドスクエア」、「ルーセントタワー」など大型ビルの供給が急激に増えた。地価が急上昇したことで、これが呼び水となり、必要以上に投資資金を呼び込んだことで供給過剰感を強めた時期があった。
住宅事情については大阪同様に地域差が大きく、名古屋は一つのブラント化されたエリアとなり、名古屋駅中心とする都心の利便性の高いところでの分譲マンションの売れ行きは良いが、その他のエリアで全く状況が変わってくる。名古屋の住宅事情としては、マンションよりも戸建て住宅志向の人が多く、もともとの高級住宅街が好まれることが多い。
今年3月に国土交通省が発表した公示地価を見ると、名古屋圏で最も価格が高かったのは名古屋駅前の「ミッドランドスクエア」で1㎡当たり1950万円となっている。ただ、この地価上昇率は、前年の2.6%上昇に対して今年は横ばいだった。新規供給に対する需要のパイは実は少ないことで供給過剰感が解消されていないことと、リニア中央新幹線の開業見通しが立たないことが影響しているとみられる。当初計画の2027年開業に合わせてさまざまな業界が賑わい創出を予定していたが、その目算が狂ったことも大きい。
地元からは、リニア中央新幹線が開業すれば、また違った風景が見えてくると期待するのが地元の経済界だけに静岡の一件を快く思っていない人は多い。とはいえ、この期待値とは裏腹の見方も実は存在している。リニアが全面開業すれば、東京圏と大阪圏の両方から需要を吸い取られてしまい、名古屋が地盤沈下する可能性を指摘する声もある。